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ベルギーひとり旅行記 (4) - 世紀末美術館「Musée Fin de siècle」

Trip Photo

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アントウェルペン観光帰りの電車で急遽世紀末美術館に行くことを思いつき、土日の閉園時間延長に感謝しつつ、ブリュッセル中央駅から王立美術館へ向かった。お目当てはもちろん例のアレ。

ブリュッセルは朝の雨は止んで青空が広がっている。もう夕暮れ間近というところで、町中の影はかなり濃くなってきている。美術館の傍にあるロワイヤル広場を通りすぎ、王立美術館の入り口を目指す。奥に見えるのが聖ヤコブ教会。

この右側の建物が王立美術館で、ここから少し歩いた先に入り口がある。ちなみに後々調べたところ、左側のこれまた綺麗な建物は観光名所でもなんでもなく「会計検査院」というただの行政の建物らしい。それでも美術館に並んでその存在感を示すことができるのだから、町並みの底力を感じずにはいられない。

まずは入り口でチケットを購入する。普通なら王立美術館の中で「古典美術館」「世紀末美術館」「マグリット美術館」の3つの美術館共通のチケットか個別のチケットのどれかを選択できるのだが、私が訪れたのが閉館1時間前だったこともあり、どれか一つを選べと言われて「世紀末美術館」を選択した。

チケット売り場を抜けた先にはエントランスが広がる。ここから個別の美術館へ進むのだが、世紀末美術館は右側の入り口から。

途中にお目当ての展示物の写真があったりして、一人テンションが上がったり。とにかく時間が無いので焦る気持ちが高まる。

さて、建物内部はこのような構造になっており、世紀末美術館は右下の地下に降りていき最後にエレベーターで元の階に戻ってくるという流れ。特に順路内で行動が制限されるわけではなく、階段がフロア両端に付いていたりと、わりと行ったり来たりできる構造になっている。言うなれば東急ハンズ的な造りだ。

閉館時間まで1時間を切っているからか、それともオフシーズンで観光客自体がいないのか、世紀末美術館の人気が無いのか、入館者がほとんど見当たらない。フロアまるごと自分ひとりの独占状態なことすらあった。たまに二人組の観光客や美術が好きそうなご婦人のとすれ違うくらいで、休憩スペースのベンチで携帯をいじっているアジア人に親しみを感じるくらいには、心の余裕を持って展示を見ることができた。

とはいうものの、とにかく時間が無い。見たいものがあるというただそれだけの理由で、他の展示には目もくれず目的のものを探し回り、最深階に下る階段にてようやくお目当てのものが姿を表した。奥に見えるガラスに囲まれた小さな展示物。まわりには誰ひとりとしておらず、ただ静かにそこに存在している。

La Nature

アルフォンス・ミュシャ作、「La Nature」(ラ・ナチュール)。

もはや完璧としか言いようがない。どの角度から見ても、完璧、完璧、完璧……。

絵画や写真はある側面を切り取って二次元の面として表現するものだから、言ってしまえば綺麗に映える角度なんてものだけを取り出すことはできる。しかしながら彫刻や彫像は立体であり三次元であるが故に、観察者が現実世界と同じ次元で感じることのできる芸術だ。こうやって私が写真に収めている時点で元あった情報は欠落し、それだけでは頭の中で正確に再構成することはできない。

それはそうと、ガラスの映り込みが残念で仕方がない。別に資料写真を撮っているわけではないのだけれども、完璧を目指して撮影したいと思えるような被写体だ。自分の写真の技術力の無さが本当に悔しい。目の前のものをただただ撮るだけなのになんでこんな難しいのかと、逆に人間の目や脳の処理の精巧さにため息が出る。

↑↓この角度の美しさよ。

ということで、だれもいないLa Natureの前でひたすらカメラを構えること数十分。後ろから階段を降りてくる女性二人の喋り声が聞こえてふと我に返り、その場を譲るとともにLa Natureとの対面は終わった。

自分がこれを実際にブリュッセルまで赴いて見てきたのだという達成感とも優越感とも取れる気持ちだけが、いまここに残っている。こんな体験をしてしまうと、また今度は別のものを見に遠くへ行きたくなるではないか……。

こちらもアルフォンス・ミュシャ作。

さすがに美術館の展示物を一つずつ写真に撮るなんて無粋なことはしなかったが、唯一記憶に残った絵画がこのカルロス・シュヴァーベの「Spleen et ideal」。絵のコンテキストは理解していないものの、これまで見たことがない類の絵画であることには間違いなく、構図やらモチーフやら白く散る波しぶきまでもが、とにかく印象に残る作品だった。

参考