念願の宮城蔵王キツネ村で可愛いキツネに夢中になってきた

最近は仕事諸々で心が荒れることが多々あり、その反動からか見切り発車で週末のレンタカーを予約して、以前から行ってみたいと思っていた蔵王キツネ村まで足を伸ばしてキツネたちの写真を撮ってきました!

宮城蔵王キツネ村

東京から車を飛ばすこと約4時間、東北道の白石ICで降りて少し山道を登った先に蔵王キツネ村はあります。東京では春一番が吹いたりと、ようやく冬の終わりを感じさせるほどにはなってきましたが、蔵王キツネ村のある宮城県の白石ではまだまだ路肩に雪が残っていたり、春はもう少し先のようでした。ただ、山道でも道路上には雪はなく、スタッドレスを装備していったのですが杞憂に終わりました。

蔵王キツネ村の入り口では、一見して関係なさそうなゴリラか雪男みたいなオブジェが歓迎してくれます。その上の看板のキツネのイラストがとにかく可愛い。

このゲートをくぐり建物に入って入場料大人1000円を払い、一通りの説明と注意事項を受けます。諸々のキツネとのトラブルは自己責任であること、噛みつかれたり尿をかけられないよう注意すること、カメラなどぶらぶらするものは興味を持たれるから気をつけることなど、念願のキツネたちと対面できるワクワク感と同時に、ある種の緊張感が生まれます。

そして館内に入ってすぐお出迎えしてくれたキツネ君。この時点でテンションは最高潮です。この子は他の放し飼いにされているキツネとは違って、首輪が巻かれて犬のように暮らしていました。きっと人間に慣れている方の個体なのでしょう。

おめめパッチリでとても愛嬌があります。逆にいうと他の放し飼いのキツネたちはみんな目を細めている写真しか取れなくて少し残念でした。キツネも雪で眩しいのでしょうか。

さて、ここからは放し飼いにされているキツネたちの写真です。ケージで飼育されたり繁殖期などで隔離された個体以外は、大きな公園のようなところで100頭近いキツネが放し飼いにされています。人間はというと、そのキツネが暮らす場所にお邪魔をするというわけです。当然ながら警戒心が強いキツネは自ら寄ってきて人間に対してじゃれてきたりしませんので、ちょっと寂しいというかそっけない感じもあるのですが、そこがまた良いんですよね。

これを撮った3月初旬はまだ雪が7,8割ほど残っており、白い背景に映えるキツネ色が撮れたんじゃないかと思います。

大きなあくび。

この写真だけ見ると笑っているように見えますが、実際には近づいてきた別のキツネに対して少し警戒して鳴いているところです。3月は繁殖期の終わりということで一時期よりは収まったようですがまだ争いごとが絶えないようで、園内はところどころでキツネたちが喧嘩をしていました。それで顔や足を怪我したキツネもいて、痛々しくてシャッターが切れなかったこともありました。

のんびり日向ぼっこで眠そう。

これは餌やりの途中のケンカの様子です。後ろ足で蹴り合っているのですが、お互いの尻尾が団子みたい絡み合っていて、傍から見るとなんだか可愛らしい。

餌やりの時間は、こうやって園内のキツネが一斉に集まってきてその様子はまるでキツネ色の道が出来上がったようでした。

こっちの餌は全部食べたからあっちに行ってみよう、という顔。毛並みのグラデーションがとても良いです。そして所謂ちくわ感。

個人的な今回の旅行のベストショット。尻尾が影に隠れてしまっているのが残念ですが、キツネの佇まいを感じさせる1枚で気に入っています。

同じ個体の別のショット。

雪解け水を飲む様子は、犬と変わりません。

お地蔵みたい雰囲気で石垣の上でのんびりしているキツネです。あまりに穏やかに日光浴していたので、何枚も写真を撮らせてくれました。目を細めたお顔がなんとも表現し難いのですが、童話などに出てくるずる賢いキツネのようです。

黒い足が生えた毛玉が園内を闊歩しています。

あっちには何があるのかな?

付きまとって嫌がれているの図。私にはどちらがオスメスかは判別できませんが……。

キツネの写真ばかりでもアレなので、少し箸休めに。キツネに関する話題や動画ではさんざん出てきて荒らしのようになるエキノコックスについて、園内でも幾つもの看板で丁寧に説明されております。ただでさえ頭数が多くて放し飼いといった環境の中、こういった衛生面も含めてしっかり管理されているようで蔵王キツネ村のスタッフの方には頭が下がる思いです。

さて、こんどはキツネ毛玉。まだまだ寒い時期で、園内では至る所にキツネの毛玉ができておりました。

園内の小さな小屋の中で眠るキツネもいるのですが、多くはこうやってあちらこちら好きな場所で丸まって寝ています。

雪の白に映える赤い毛玉。お耳の黒がこれまたアクセントになって素敵です。

白黒の毛玉もいます。

毛玉にならないものは、犬のようにこうやって前足を伸ばして座っていました。黒いお手てがキュートです。

ねむーい!

やっぱり自分の尻尾が一番の枕なんでしょうか?

猫の香箱座りのような格好のキツネもいましたよ。

あとは、園内のキツネたちの暮らしを少し紹介します。

お水をペロペロ。先ほどの写真では雪解け水を飲んでいましたが、こうやって水を飲むスペースがあります。そこで待ってると自然と近寄ってきてくれるので、こうやって写真も撮りやすいわけです。

園内をテクテク。

また、園内には少し高い位置にある建物からキツネたちに餌をあげるスペースがあります。私自身は参加しなかったのですが、他のお客さんが餌を与えている様をひたすら写真に撮っていました。言ってしまうと園内はこういうイベントがないとキツネたちはあまり活発に動き回ってくれないので、ダイナミックな写真を撮るには餌やりの機会は逃せないわけです。

みんな人間が投げてくれる餌に夢中です。

そのため少ない餌を巡って争うことも。

さて最後に、今回の撮影の中で特に良かった写真を集めたキツネグラビア部門。初めてキツネの写真を撮ったのですが、顔など表情の豊かさは犬や猫ほどにはないものの、その凛とした佇まい、野性を残した雰囲気にすっかり魅せられてしまいました。

最後くらいはコメントを控えようかと思ったんですが、な、なんですかこの艶めかしさは……!!揃えた前足に少し傾げたお顔が最高です!

そして見返り美人(重ねて申し上げますがオスメスどちらか分かりません……)。

そんなこんなで、初の蔵王キツネ村訪問、そして初のキツネ写真撮影は、本当に感動的な体験でした。人間に優しくしてくれる動物との和気あいあいとした触れ合いじゃないんだけれども、かといって敵意を示すわけでもない間柄の人間とキツネが、檻の金網を隔てずお互いが同じ空間の共有できる。その絶妙な距離感を味わうことができるのがポイントなんじゃないかと思います。

基本的にキツネは人間になんか興味がないんでしょうけれども、時折カメラを見つめてくれたり、自分が立っている横を通り過ぎていったり、なんか私が勝手にキツネの心を読んであれこれ考えてしまうことがありました。そういったちょっとでもお互い気持ち的に歩み寄れるんじゃないだろうかというキツネへの期待感が、なんとも言えず愛おしさに繋がった気がします。

一方写真の方はというと、間近で檻なしに撮影ができる環境、そしてキツネの被写体としての面白さ、そのどちらも非常に素晴らしかったです。今だからこそ撮れる雪とキツネのコントラストも相まって、写真初心者の自分でもなんとなく良い絵が取れてるんじゃないだろうかと錯覚するくらいの被写体のポテンシャルの高さです。

帰りにはグッズで写真集「もふみキツネパン」を買ったのですが、この表紙の紅葉をバックに撮られた写真が本当に素晴らしいですよね。もうこれは秋の予定は確定ですし、できれば季節ごとに訪れたいと改めて決意いたしました。

この写真集は以下のリンク先から通販で購入することができます。ただ、個人的にはやはり実物を見てひとしきり感動したあとに読むのがベストかと思います。

この記事を見て興味を持たれた方がいらっしゃれば、ぜひ宮城蔵王キツネ村を訪れてみてください。

ベルギーひとり旅行記 (5) - ノートルダム大聖堂横のブラッセリー「Kathedraalcafe」

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その日は日曜日で、アントウェルペンのノートルダム大聖堂は午前中は礼拝のために観光客は入ることが許されなかった。一般公開の13時まで時間を持て余した私は、先に腹ごしらえということで色々と店を探した結果、大聖堂のすぐ横にあるこの「Kathedraalcafe」に入ることに。地球の歩き方にも掲載されているくらいのオーソドックスなお店かと思いきや……店の中は想像以上の異空間だった。

建物はレンガ造りで木の天井と歴史を感じさせる一方、壁一面いたるところに中世キリスト教を思わせる絵画やら彫像やらがぎっしりと並べられている。横にあるノートルダム大聖堂とは明らかに異なる時代、異なる宗教観のように見えてしまう。店内は所狭しと宗教的なモチーフで溢れかえっている。ところでこのイエス・キリストや伝道師たちの等身大彫像はどこに売っているんだ……!?

極めつけはテーブルに置かれたこの紙のランチョンマットだ。この店のことを知らなければ、これはいわゆるアウトサイダーアートだと認識せざるを得なかっただろう。宇宙服みたいな被り物から伸びる手、翅に目の付いた不気味な蝶、魚に乗るネズミなどなど、あとこの写真の外にはムール貝が人間の足を伸ばしているところも写っている。これはやばいところに来てしまったと思ったが、ここはブラッセリー。飯が上手ければなんでもいいやという感じで、料理を待つことに。

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横では地元の人たちが、ノートルダム大聖堂で礼拝を済ませてから来たのだろうか、大人数で和気あいあいと昼からベルギービールを呷っている。

さて、肝心の昼飯はというと……大鍋に山盛り出てきたのがベルギーで有名なムール貝の白ワイン蒸し。その奥に、これまたベルギー料理といえば上位に必ず出てくるであろうフリッツ。どちらも1人前を頼んだはずなのだけれども、出された瞬間に圧倒されてしばし呆然としてしまった。とにかく多すぎる。

こういうときに真っ先に沸き起こる感情が恥ずかしさというのが、なんとも自分らしい。周りに「ありゃ二人で分け合う料理なのを一人で頼んでる」だの「観光客が慣れてない注文であたふたしてる」だの思われているんじゃないだろうか?と、つい考え過ぎてしまう。

ただ、それは完全に杞憂だった。隣のテーブルを見ると、妙齢の婦人二人が自分と同じバケツのムール貝を一人ひとつずつ食べて話に花を咲かせているのが目に入った。そこでようやく自分の要らぬ心配が晴れることとなり、負けじと自分もひたすらにムール貝の殻から身を取って食べ続けた。

気になる味はというと、ムール貝自体は日本で食べるものとそれほど大きな違いはない。ただ底に溜まっているスープがめちゃくちゃ美味しいのだ。ムール貝から出た旨味に加えて、セロリと玉ねぎから出る野菜の甘みや風味が合わさっている。そして何より、そのスープが尋常じゃなく塩辛い。塩は最高の調味料だと言わんばかりの暴力性がある。海水をそのまま飲んでるかのような塩分濃度で、正直なところ量は全く飲めないのだけれども、それでも時々水を口に含んでリセットしつつスプーンで掬っては飲みを繰り返す。合間に食べるセロリがその塩気を吸ってこれまた爽やかな味になっている。いままで生きてきて初めてセロリを純粋に美味いと思った瞬間だった。

こちらのフリッツもなかなかの美味しさ。味自体はただのフライドポテトなので別に大したことないといえばそうなんだけど、横についているマヨネーズがこれまた美味しい。ちょっと酸味が効いてサラリとした舌触りのマヨネーズは、タルタルソースとは違った相性で癖になる。

そんなこんなで、バケツいっぱいのムール貝と山盛りフリッツを食べ終える頃には13時を回っており、少しお腹周りに苦しさを感じながらノートルダム大聖堂の入り口へと向かうのだった。

参考

https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g188635-d2173992-Reviews-Kathedraalcafe-Antwerp_Province.html Kathedraalcafe (アントワープ) の口コミ22件 - トリップアドバイザー

ベルギーひとり旅行記 (4) - 世紀末美術館「Musée Fin de siècle」

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アントウェルペン観光帰りの電車で急遽世紀末美術館に行くことを思いつき、土日の閉園時間延長に感謝しつつ、ブリュッセル中央駅から王立美術館へ向かった。お目当てはもちろん例のアレ。

ブリュッセルは朝の雨は止んで青空が広がっている。もう夕暮れ間近というところで、町中の影はかなり濃くなってきている。美術館の傍にあるロワイヤル広場を通りすぎ、王立美術館の入り口を目指す。奥に見えるのが聖ヤコブ教会。

この右側の建物が王立美術館で、ここから少し歩いた先に入り口がある。ちなみに後々調べたところ、左側のこれまた綺麗な建物は観光名所でもなんでもなく「会計検査院」というただの行政の建物らしい。それでも美術館に並んでその存在感を示すことができるのだから、町並みの底力を感じずにはいられない。

まずは入り口でチケットを購入する。普通なら王立美術館の中で「古典美術館」「世紀末美術館」「マグリット美術館」の3つの美術館共通のチケットか個別のチケットのどれかを選択できるのだが、私が訪れたのが閉館1時間前だったこともあり、どれか一つを選べと言われて「世紀末美術館」を選択した。

チケット売り場を抜けた先にはエントランスが広がる。ここから個別の美術館へ進むのだが、世紀末美術館は右側の入り口から。

途中にお目当ての展示物の写真があったりして、一人テンションが上がったり。とにかく時間が無いので焦る気持ちが高まる。

さて、建物内部はこのような構造になっており、世紀末美術館は右下の地下に降りていき最後にエレベーターで元の階に戻ってくるという流れ。特に順路内で行動が制限されるわけではなく、階段がフロア両端に付いていたりと、わりと行ったり来たりできる構造になっている。言うなれば東急ハンズ的な造りだ。

閉館時間まで1時間を切っているからか、それともオフシーズンで観光客自体がいないのか、世紀末美術館の人気が無いのか、入館者がほとんど見当たらない。フロアまるごと自分ひとりの独占状態なことすらあった。たまに二人組の観光客や美術が好きそうなご婦人のとすれ違うくらいで、休憩スペースのベンチで携帯をいじっているアジア人に親しみを感じるくらいには、心の余裕を持って展示を見ることができた。

とはいうものの、とにかく時間が無い。見たいものがあるというただそれだけの理由で、他の展示には目もくれず目的のものを探し回り、最深階に下る階段にてようやくお目当てのものが姿を表した。奥に見えるガラスに囲まれた小さな展示物。まわりには誰ひとりとしておらず、ただ静かにそこに存在している。

La Nature

アルフォンス・ミュシャ作、「La Nature」(ラ・ナチュール)。

もはや完璧としか言いようがない。どの角度から見ても、完璧、完璧、完璧……。

絵画や写真はある側面を切り取って二次元の面として表現するものだから、言ってしまえば綺麗に映える角度なんてものだけを取り出すことはできる。しかしながら彫刻や彫像は立体であり三次元であるが故に、観察者が現実世界と同じ次元で感じることのできる芸術だ。こうやって私が写真に収めている時点で元あった情報は欠落し、それだけでは頭の中で正確に再構成することはできない。

それはそうと、ガラスの映り込みが残念で仕方がない。別に資料写真を撮っているわけではないのだけれども、完璧を目指して撮影したいと思えるような被写体だ。自分の写真の技術力の無さが本当に悔しい。目の前のものをただただ撮るだけなのになんでこんな難しいのかと、逆に人間の目や脳の処理の精巧さにため息が出る。

↑↓この角度の美しさよ。

ということで、だれもいないLa Natureの前でひたすらカメラを構えること数十分。後ろから階段を降りてくる女性二人の喋り声が聞こえてふと我に返り、その場を譲るとともにLa Natureとの対面は終わった。

自分がこれを実際にブリュッセルまで赴いて見てきたのだという達成感とも優越感とも取れる気持ちだけが、いまここに残っている。こんな体験をしてしまうと、また今度は別のものを見に遠くへ行きたくなるではないか……。

こちらもアルフォンス・ミュシャ作。

さすがに美術館の展示物を一つずつ写真に撮るなんて無粋なことはしなかったが、唯一記憶に残った絵画がこのカルロス・シュヴァーベの「Spleen et ideal」。絵のコンテキストは理解していないものの、これまで見たことがない類の絵画であることには間違いなく、構図やらモチーフやら白く散る波しぶきまでもが、とにかく印象に残る作品だった。

参考